各界でご活躍中の方々より「キャリア・メッセージ」をお届けします

シンガーソングライター 宇山基道(うやまもとみち)さんより

『 ここまでおいで 』

私は負けず嫌いです。それも、だいぶ厄介なタイプです。
何故なら、負けたくない対象は『誰か』ではなく、自分の中にある『衝動的な感情』だからです・・・。

<profile>

宇山基道(うやまもとみち)さん

1975年12月5日生まれ。伊豆大島波浮港出身。
伊豆大島の漁業を営む家に生まれ育ち、18年間を過ごす。
水産業の道を志し、伊豆大島の水産高校卒業後、静岡の水産大学に入学。
在学中は音楽活動に没頭し、卒業後も島へは戻らず、東京で音楽の道を志す。
その後、松山千春鈴木康博などをはじめ様々なアーティストのサポートギタリストとして活動をしながら、
シンガーソングライターとしての活動も開始。
インディーズレーベルよりCDを発表しながら、全国各地精力的なライブを行う。
そのほか現在は、FM熱海湯河原『週刊トビウオ通信』(毎週日曜日12:00〜生放送)のメインパーソナリティー、
フリップサイドフリーペーパー『SIDE VIEW TIMES』にて、コラム『月刊水揚げ通信』連載などを行う。

 文芸社:発行書籍「不定期日記とびうお」紹介記事より抜粋・編集
「不定期日記とびうお」の書籍紹介は、こちらをご覧下さい。

 公式ホームページさかなのきもち

 VoiceTrainer マネージャー・アーティスト  すぎもとなおこ さんより

 『 耳をすまして 』
  「じぶんらしく!」 ほんとによく聞く言葉。
 でも なかなか どうして。
 簡単なことでもありません。

<profile>

sugimoto


 すぎもとなおこ 東京育ち 今も在住

 ・ 高校時代から曲を書き始め 大学入学後 Popsバンド「tanuki」を結成
 ・ ふとしたことから音楽制作界に入っていく
     ユニット “KEDGE” album「COMPLETE SAMPLES」参加
     星野架名「緑野原学園」シリーズ参加
     その他 アニメーション・イメージアルバムやCM音楽 参加
      作品提供 などなど
 ・ ふとしたことから 長くレッスンを受けたVoiceTrainer・MICHIKOのマネージャーに転身
        (創作活動 冬眠期に入る)
 ・ 裏方として10年ほど経過
 ・ ふとしたことから 創作活動を再開
      「tanuki」改め「東京たぬき」として音楽活動再開
      冬眠期に書き溜めた独自の散文・エッセイ・短編をWeb上で発表
 ・ 現在もVoiceTrainer・MICHIKOのサポート業務を勤めながら 執筆 音楽活動 続行中

日々いろんな顔して暮らす“超人・マイペース”。

 プロボディーボーダー 鈴木 薫  さんより

勉強が嫌いな私は高校を卒業後、食品会社に就職し毎日、日本橋まで3年間通い、OLをしていましたが、
幸せなことに寿退社し、主人の転勤で仙台に6年間住んでいました。
結婚する前からサーファーの主人に連れられ夏だけは海で海水浴程度にボディーボードをしていましたが、
結婚後、本格的にボディーボードにハマってしまった。当時23歳・・・

<profile>

kaoru suzuki

・1998年プロ転向、2003年コンペディター引退。
・コンテストに出場しながら、スポンサーのボディーボードスクールの実施を行う。
・2000年から2004年まで専門学校SEA学園のボディーボード講師としてボディーボードを教える。
・2004年からジャッジへ転向。
・現在JPBAコンテストツアージャッジとして、ツアーを回わる。

○スポンサー : Local motion   Nadeshiko shine  Zurklplus

『 働く女の会 』 主宰  君島 圭 さんより

組織の中でうまく生きていくには、あんがいいろんな「技術」が必要なんじゃないだろうか。
自分が言いたいことをコントロールする技術だったり、周りから聞こえてくる余分なことを聞き流す技術とか、
そのうえで海千山千の人のなかでうまく自分の環境を快適に作り上げて技術なんかも・・・

<profile>

横浜生まれ。 働く女の会 主宰。
大学でカウンセリングを学んだ後、様々なスタイルで30を超える多くの仕事を経験。

◇ 1997年4月から7年間、非営利団体FMネットワーク主宰。結婚やジェンダー、労働等について意見交換の場を提供、
  男女平等を考える都民会議でのスピーチや(財)日本女子社会教育会発行誌に執筆。
◇ フリーライターとして日本各地の天然湧水を撮影、Photo&エッセイ「ときの出水」を雑誌に連載。
◇ 2004年3月、8年ともに暮らした恋人が自死。それをきっかけに命について本格的に執筆を開始。
  特に自殺防止の視点から「生きてさえいればどんなことでも解決できる」「ひとりぼっちにならないで」そして
 「ともにいる喜び」「すべての人が生きていることへの感謝」を様々な方法で伝え続ける。
◇ 2004年12月働く女の会立ち上げ。
◇ 2006年5月働く女性を応援するバンド・サクチケの新曲「深夜の電車を待ちながら」作詞。
◇ 数々の相談を受ける中で、以前から感じていた社会の中に保健室、すなわち「逃げ場」をつくる必要性を再認識する。
  ネットや出版にとどまらず、誰もがいつでも集えるサロンを企画。現在は3店舗まで展開、新たなサロンも数店舗交渉中。
  今後は働く女の会独自の視点から「仕事」を考えるセミナーを企画・運営予定。
◇ 2006年骨髄バンクにドナー登録、2007年1月にドナーとして選出され、初夏、骨髄提供のための採取手術を受ける。
  その模様はNHKの取材を受け「おはよう日本」で放映される。
◇ 人生の目標は「死を待つ人の家(マザーテレサがインドに作ったハウス)」のような、シングルたちが終の棲家として暮らす
  共同住宅「平成長屋」を実現させ、孤独死防止を目的として管理人として生涯を遂げること。

 株式会社サリダ・アド  代表取締役社長 太田みどり さんより

22年前私自身、1才の娘をかかえ37才からの再就職スタートでした。
当時はこうした条件で働くという事は、社会的にも非常に厳しい時代でした。
たまたま求人広告の営業職という仕事につき、女性だけの営業チームを作り、
女性求人誌「サリダ」を手掛ける事になりました ・・・

<profile>

・1970年(昭和45年)3月、女子美術大学卒業後、グラフィックデザイナーとして広告代理店に勤務。
・その後結婚し専業主婦となるが、1985年(昭和60年)・37歳の時、1歳の娘を抱えて自立。株式会社求人案内社へ営業職として入社。
 子育てと仕事を両立しながら未経験の求人広告営業で18か月連続トップの営業成績をあげる。
・1991年(平成3年)、株式会社サリダ・アドへ転籍後、営業の最前線の責任者として女性営業職、管理職の育成に注力。
 8割以上が女性スタッフというサリダ・アドの基盤を築く。
・平成5年11月1日、株式会社サリダ・アド取締役就任、平成11年11月1日、株式会社サリダ・アド常務取締役就任、
 平成13年6月1日、株式会社サリダ・アド専務取締役就任。
・平成16年6月、女性向け求人情報誌サリダの編集・発行元になるにあたり、20年間女性を育ててきた経験から生まれたコンセプト「エイジフリー」を
 取り入れリニューアル。サリダを通じて、年齢や未既婚・子供の有無に関係なく、能力・人間力を持った女性の雇用機会を拡大するべく、尽力している。
・平成17年10月1日、株式会社サリダ・アド代表取締役社長へ就任。

 Artist(絵画・グラフィックデザイナー)  加藤彩(Aya Kato)  さんより

私は、大学卒業後、雑貨メーカーの企画デザイナーとして就職。半年間勤めましたが、
他の人が「将来雑貨店をやりたい」という夢を持って仕事をしていることに触発され、
自分の夢は雑貨のデザイナーではなく「絵」を描くことだと強く意識した瞬間、辞表を提出しました ・・・

<profile>

aya kato

1982年1月14日生まれ 愛知県瀬戸市在住。 2004 愛知教育大学 教育学部 図画工作専攻 デザイン科卒業。
2005-2006Tori AmosのMusic Video制作に参加するのをきっかけに、海外を中心に美術家として活動を始める。
同年、WindowsXPのTVコマーシャル制作にも作品を提供。  現在、版画作品、イラストレーションをメインに活動中。

● 作品の傾向   「新感覚の和の世界、新しい時代の女性像、精神美の世界を中心に描く。」
● 作品への想い  (HPより)
自分の最大限の想像力を使って(それがどんな形で現れても)、できる限り多くの人の心の奥に眠っている魂を呼び起こしたい。
人と人が繋がるための1つのボンドになれたらいいと思っています。
私が目指したい世界は、自分を含む多くの人が自分自身の歴史を思い出し、魂のルーツや仲間たち、自分の本当の希望を思い出し、
心(自分自身)を通して地球と1つになった世界です。それは、近くにいる大切な人と心を1つにすることで築けると私は信じています。
そうして新しい時代を迎え、新しい日本の国が生まれたらいい。
その為に武士道に通じる日本精神を未来の日本人へ繋げたい、そのような想いを作品の上に重ねています。
言葉を使うのは少し苦手なので、上手く言えません。でも作品を通して、それを感じてもらえればと思います:-)